石橋優希さん「あなたは私の名コーチ」
『あなたも一緒だから、嘔吐恐怖とも一緒に生きていけると思うことができました』
あなたが私のお腹の中に来てくれて数ヶ月経った頃でしょうか、私は毎日泣いて暮らしていました。
季節はもうすぐ春を迎える、3月の終わりでした。
体が苦しくて、朝から晩まで気持ち悪くて、起き上がるだけで一苦労。
ベッドから見える桜の木を見て、あの桜の花が咲く頃には、つわりも終わっていますよいうにと、毎日そればかり考えていました。
私は子どもを持つことを諦めていました。理由は、嘔吐恐怖があったからです。
小学生の頃、「吐く」ことへの恐怖で食事ができなくなり、学校へ行かず引きこもりになっていた時期がありました。
社会人になってからも、気持ちが悪くなると過度のパニックになってしまい、誰かと一緒に食事をするのが難しく、嘔吐の現場が怖くて電車に乗れなかったり生活でした。
妊娠したらつわりが来る。嘔吐恐怖の私がつわりに耐えられるわけがない。もし乗り越えられたとしても、子育ての中で嘔吐の現場は避けて通れない。もし子供が吐いてしまったら、私は子どもを捨てて逃げてしまうだろう。
だから、私は子どもを作らない人生を送るのだろうと思っていました。
そんな私のところに、きてくれたあなた。
はじめて、逃げることではなく、乗り越えていくことを考えました。
つわりが始まると、つらくて苦しくて、もちろん薬も飲めなくて、毎日泣きました。
亡くなったおばあちゃんの写真に手を合わせて、「はやくつわりが終わりますように」と祈っていました。
水も飲めなくなり入院し、どうしてこんな思いをしなければならないのかと恨めしくも思いました。
でも、「逃げられない」と自覚したときに、私は初めて「吐き気」と向き合うことができたのだと思います。
それまで私は、少しの違和感ですぐに吐き気止めを飲み、嘔吐の現場から逃げ、直視しないようにやり過ごしてきました。
でも、つわりを通して感じる、お腹の中のあなたの存在が、目を逸らすことを許してくれませんでした。だからこそ、「吐き気がこわい、私は辛い」と、毎日泣くことができました。
つわりの次に私を襲ったのは、猛烈な食欲です。
妊娠前の私は、気持ち悪くなることが怖くて、腹5分目以上食べることができませんでした。
しかしそんな恐怖を凌駕する「食べたい」という気持ちは人生で初めてでした。
たくさん食べました。そして思いました。私はもう、嘔吐恐怖と一緒に生きていけると。
あなたが生まれる数時間前、痛みと一緒にまた吐き気がやってきました。
でも、不思議と怖くなかったのです。何十年も怖くて逃げまわっていた吐き気が、いつの間にか戦友のようなものになっていました。
やっとあなたの顔を見れたとき、「もう大丈夫そうだね」っていう顔をしていましたね。
目を背けるなと伝えてくれてありがとう。あなたは私の名コーチです。
青森県 石橋優希さん
題名:あなたは私の名コーチ
子どもへ伝えたい言葉:「あなたも一緒だから、嘔吐恐怖とも一緒に生きていけると思うことができました」